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[全3回]職人×デジタル!手描友禅作家に聞く「きものモノづくりの今」その3

「職人の手仕事とデジタル化」ついて全3回でお届けするショート連載。進化し続けるデジタル技術の活用はどの業界でも必須であり課題ともなっている昨今、着物業界も例外ではありません。

お話を伺ったのは前回に引き続き、手描友禅作家の大野深雪さん。

東京友禅の作家として活動されると同時に、手描友禅を中心とした伝統技法を受け継ぐ若手作家の集団「そめもよう」を立ち上げ、現在はユキヤ株式会社の代表として、職人の手仕事とデジタル技術の両方の技術を活かしたデジタル友禅「some-pri(ソメプリ)」シリーズを展開。作品づくりに取り組まれています。

第一回では「デジタル友禅」について、第二回は大野さんの歩みや取り組みについて伺いました。最終回の今回は大野さんの作品や、デジタル友禅の今とこれからについてお話をしてもらいました。

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デジタル友禅だからできること
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ーーデジタルだからこそできる表現はありますか?

「デジタルの表現については勉強中で、これから試してみたいことがたくさんありますが、“ぼかし”はそのひとつでしょうか。手描きでもできる表現なのですが、とくに長い距離のぼかしは、熟練の職人さんでなければできない難しい技術です。

また手仕事の場合、色が濁ってしまいますのでぼかしは三色ぐらいが限度ですが、デジタル友禅の場合は何色でも美しく発色できると思います。

写真の帯が“ぼかし”を使ったデジタル友禅です。帯の長さ分4メートルを均等にぼかすのはかなりの技術が必要です。手染めのぼかしとはまた雰囲気が変わりますので、そういった意味でもデジタルならではの表現かと思います。

着物もデジタル友禅で、私が長く描き続けているテーマのひとつ『祭礼』シリーズです。この主役は上前の左端にいる女子たちですね。お祭りにめいっぱいオシャレをしてきてお互いに『かわいい〜』と言い合っているのが聞こえます。法被を着ている子たち以外は、全員違う着物を着ています。

帯揚げもデジタル友禅です。キノコは手描友禅でずっと描きたかったけれど、ニーズがなさそうなので諦めていた図柄。『some-pri』では現在『帯揚げストール』として販売していて、おかげさまでご好評をいただいています。最初は帯揚げとして販売していましたが、ストールとして活用しているというお客さまが多かったので、シーンを限らず使っていただいています」(大野さん、以下略)

「逆に言えば、広範囲の“ぼかし”はデジタルに向いていない表現とも言えます。スキャンしたときにモアレが出てムラになってしまうんです。現状のデジタル友禅では手描きの図柄のみを切り抜いて、背景の“ぼかし”はデジタルで表現しています。

こちらは第一回のコラムでもご紹介した作品ですが、下が手描友禅で、上はそれをスキャンしてつくったデジタル友禅です。山車の中からこちらをのぞいている鬼に注目ください。鬼の赤い顔が“ぼかし”を使った表現です。糸目の中にあるこういった“ぼかし”は再現が可能ですが、こちらもデジタルでは少し明るく彩度をあげて“ぼかし”をわかりやすくしています。

こちらも『祭礼』シリーズのひとつです。いろいろな人がそれぞれが思い思いのことをしているという状況がとても好きで、ずっと描き続けています。この図柄のこだわりもまた、全員違うお着物を着ているんですよ。お祭りで同じ着物にはなかなか出会わないと思うので」

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苦しくて楽しい「図案」工程
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ーー図案のインスピレーションはどこから得ていますか?

「工程の中で一番苦しいのは図案で、一番楽しいのも図案かもしれないですね。絵に関しては、私は油彩から入ったこともあって絵を見ることが小さなころからずっと好きなので、私の中に蓄積されたものがあるのだと思います。

妖怪や奇怪な雰囲気のある図案は、中世のオランダ人画家ヒエロニムス・ボスや、日本画家の河鍋暁斎さんからは確実に影響を受けていますね。『祭礼』シリーズなどは、今敏監督のアニメ映画『パプリカ』の夢のシーンが根底にあるかもしれません。

昔飼っていた文鳥だったり、ランドスケープを学んでいたからビルや電車、鉄塔といった都会の風景だったり、身の周りにある好きなものもよくモチーフにしています。

この写真の図案は、河鍋暁斎さんへのオマージュで六本木ではしゃぐ妖怪たちです。私の妖怪たちはだいたい都会にいますね」

「先ほどの図案を仕上げたものが写真左の帯です。

私の場合、原寸大の図案は絶対にこの線でと緻密に仕上げますが、人によってはさらりと描いて直接下描きで整えていく方もいます。この図案は時間がかかった方で、2週間ぐらいで描き上げました。よく描くモチーフだと1日〜2日で図案は完成します。

右の帯は、浜松町の世界貿易センタービルの展望台からの景色です。今はもうクローズしてしまいましたが、よくスケッチに行きました。都市の景観ををそのまま描くとすごくダサいんですよ。古典文様を入れると画に説得力が出るので、都市シリーズはだいたい古典文様とセットで描いています」

「私がよく描く八咫烏(ヤタガラス)にも古典文様を羽の中に用いていますが、先ほどの建物に使う意味合いとは異なり、こちらは光の加減で変化する濡羽色(ぬればいろ)を表現する目的として使用しています。

カラスって真っ黒なので染料で黒く塗ってしまうととべったりして怖いんです。着物はきれいでなければいけないので、文様を入れて濡羽色の艶感を表現しています。

八咫烏は歌舞伎でカラスの着物を着た男の人が主人公の演目があってかっこいいなと思って描いたのがきっかけです。最近では『カラスの人』と呼ばれるほど、私の定番モチーフになりました。

デジタル友禅で、反響が最も大きい商品のひとつが八咫烏でした。昔からカラス柄は襦袢や着物に使われてきましたが、そんなに売れる柄ではなかったので、私自身とても驚いています」

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今日のコーディネートについて
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ーー今日のコーディネートについてもご紹介ください。

「​​これは手描き友禅の小紋をもとにつくったデジタル友禅です。お稲荷さんのモチーフで鳥居や宝珠、鍵など、13メートルに渡って描いたのですが、手間がかかりすぎて小紋なのに値段が40万〜50万ついてしまい結局売れませんでした(笑)。

こういう飛び柄の小紋は一着あるとすごく便利なので「some-pri」でつくっておきたかったんです。価格も「some-pri」ではお仕立て上がりで69,000円(+税 ※受注生産)とお手頃になりました。

帯は先ほどご紹介したものとは別の八咫烏です。この図案の帯はほかにグリーンとパープルの地色がありますが、今日はベージュで落ち着いた雰囲気にまとめました。同じ図案で地色を変えられるのもデジタル友禅の魅力ですね。

紗綾形文様の半衿と幾何学模様の帯揚げはデジタルプリントのものを合わせました。私の着物は柄のクセが強いので、着付けは保守的でシンプルなものを好んでいます(笑)」

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これからの着物業界のために
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ーーデジタル友禅「some-pri」を始めて良かったことや面白さはどんなことでしょうか?

「作り手にとって良いことは、今までなら着物1枚の仕事に対して1枚分の収入しか発生しませんでしたが、複数枚販売できるので同じ労働量で収入が増えること。エンドユーザーにとってのメリットは、作家ものが安価で手に入ることだと考えています。

私自身が面白く感じていることは、今まで売れないだろうという理由で描くのを諦めていた柄にも臆さず挑戦できるようになった点でしょうか。私にとっては、それこそがデジタル化に生み出された最も大きな価値かもしれません。

手描友禅は数十万〜数百万という価格帯ですので一生ものの買い物。私が描きたい図柄は少々クセが強いのでなかなか難しいんです。作り手としてはやはり”売れること”は念頭に置かなければなりませんので。

メインの価格が小紋着物は5万円台、半幅帯なら1万円台と気軽に手に取れる価格帯のデジタル友禅では、これまで作品として気に入ってくださっていたお客さまに喜んでいただけるようになっただけでなく、クセの強さが強みとなり遊び着として楽しんでいただけるお客さまが増えました。

なにより描きたいものを自由に描けるというのは解き放たれる感覚がありますし、次の作品への意欲も湧く。技術の習熟にもつながっていると感じています」

「友禅作家がポリエステル着物を手がけるということには賛否両論あるとは思いますが、私はデジタル友禅は着物業界の未来に貢献できる新しい取り組みだと考えています。

着物を普段着として着たいユーザーの多くは素材にこだわりがなく、むしろ安価で手入れも楽なポリエステルを好んで着る方も珍しくないからです。

『ポリエステルは駄物』『一点ものでなければ』といった作り手側のプライドや意地のようなもので購買層を狭めるのではなく、気軽にデジタル友禅を楽しんでいただくことでまずは着物のエンドユーザーを増やしていきたいと考えました。

手描友禅の価格帯にハードルの高さを覚えるユーザーも『不当に高い』とは全然思っていないんですよね。ただ使えるお金に限りがあるというだけで、職人の手仕事の価値は充分に伝わっている。エンドユーザーが増えれば『いつかは手描きの一点ものを』という憧れを持つ方が生まれると確信しています」

ーーこれからのことについて、何か考えていることはありますか?

「自分自身のことについては、友禅でもデジタルでも毎回反省するところがあって、まだまだ勉強も経験も全然足りないということを自覚しています。時間をどうにか作り出してもっと習熟・上達していかなければいけないということが悩みであり課題です。

それに悩み出したのは、後輩の指導を考え始めたということがあります。師匠に弟子入りしたころに教えていただいた先輩方のように今の自分が教えることができるのかな、と。

東京の手描友禅染作家で構成する『東京都工芸染色協同組合』に所属しているのですが、そこに教育事業があって、小学生に色塗りを教えているんです。毎回みんな楽しかったと言ってくれるけど、今その先がないんですよ。

せっかく職業として面白そうだからやりたいと思ってくれた子がいても、次はどうすればいいのか、どこで学べるのか、その受け入れ先がない。

それは着物に携わる人たちみんなが本気で考えていかないといけないことじゃないのかなとずっと思っています。まだ明確な答えは出ていませんが、結局自分が成長することがいろいろなことにつながっていくのかなとも思います。修練あるのみです」

第1回はこちら→
https://www.kimono-plus.com/columns/734/lang/ja-JP/7
第2回はこちら→
https://www.kimono-plus.com/columns/758/lang/ja-JP/7

▼プロフィール
東京手描友禅作家
ユキヤ株式会社代表取締役
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大野 深雪さん
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横浜市生まれ。2006年に大塚テキスタイルデザイン専門学校卒業後、「鎌倉友禅」を生み出した友禅作家・坂井教人氏に師事。2011年に独立し「染工房ユキヤ」を設立。2013年、手描き友禅を中心に伝統技法を受け継ぐ若手作家の集団「そめもよう」を立ち上げ、現在も運営を行う。2017年に自身が代表を務めるユキヤ 株式会社設立。作家としての活動も精力的に行い、2008年には全国染織作品展入賞、染芸展入賞(2008年佳作賞、2014年染芸展賞)、2016年全国染織作品展入選など、数々の受賞歴あり。

ユキヤ公式HP
https://www.yuzen-yukiya.com/
some-priシリーズ商品(ゴフクヤサンドットコム)
https://shop.gofukuyasan.com/?mode=cate&cbid=2566271&csid=1

▼STAFF
撮影・文:君島有紀